2026-02-04

レポート

【イベントレポート】なぜ今、インドなのか?インド最大のスタートアップメディア創業者とリブライト蛯原氏に聞く、世界最強のタッグを組むためのスタートアップ投資とGCC戦略


2026年1月28日、名古屋・中日ビルで開催された「Tech GALA 2026」。


Day2のキーノートセッション「スタートアップの現在地と未来:世界はどこへ向かうのか。変化するグローバル時代におけるインドからの示唆」では、インド最大級のスタートアップメディア「YourStory」創業者のシュラダ・シャルマ氏と、インド投資のパイオニアであるリブライトパートナーズ代表パートナーの蛯原 健氏が登壇しました。


AIネイティブ時代におけるグローバル・エコシステムの変化、そして「ものづくり」の中心地である名古屋・中部地域とインドがいかに共創すべきか。最新のトレンドと日本企業の参入戦略について語りました。

【登壇者】
• Shradha Sharma(シュラダ・シャルマ)氏 YourStory Founder & CEO
• 蛯原 健氏 リブライトパートナーズ株式会社 代表パートナー
• 西山 直隆 Tech Japan株式会社 代表取締役(モデレーター)

 

第一部:AIネイティブ時代、「忍耐強い資本」が世界を変える


西山(Tech Japan):
本日のゲストは、インドからオンラインで参加のシュラダ・シャルマさんです。シャルマさんは、インド最大のスタートアップメディア「YourStory」を立ち上げ、これまでに20万件以上のストーリーを発信してきました。 まずは、2026年現在のグローバルなスタートアップ・エコシステムの現在地と、次の時代を形づくる力学についてお話しいただきます。


シャルマ(YourStory):
ありがとうございます。2026年、私たちは「AIネイティブ」の時代に入りました。これは、かつてのように西洋一極集中ではなく、アジアが主導権を握る「マルチローカル」な世界です。

実際、世界のスタートアップハブ上位20都市のうち、8つがアジアに位置していることからも、ここが次なるフロンティアであることは明らかです。

特にインドは、14億人がデジタルIDを持ち、オンラインで活動できるデジタルインフラを整備した世界初の国です。この膨大なデータとAIを組み合わせることで、これまでにない「ローカライゼーション(現地化)」のビジネスチャンスが生まれています。

また、私たちは日本の「高度な製造業」と「忍耐強い資本(Patient Capital)」に対し、深い尊敬と愛を持っています。ビジネスハブとしてのシンガポールや、新たな資本の供給源となっているUAEと共に、この「マルチローカル」な世界で連携していくことが重要です。


西山(Tech Japan):
かつてのスタートアップブームとは、どのような点が異なっているのでしょう?

シャルマ(YourStory):
過去10〜15年のエコシステムは、UberやOlaのようなB2Cモデルが主流で、「迅速な構築、迅速なスケール、迅速な市場獲得」といった短期的な利益(Quick Wins)が重視されていました。

しかし、AIとディープテックが中心となるこれからの時代においては、「急いではいけない」のです。 もちろんスピード感は必要ですが、科学とテクノロジーを融合させるイノベーションには、「忍耐強い資本(Patient Capital)」が不可欠です。短期的なリターンではなく、長期的で持続的な利益を見据える姿勢こそが、新しい世界秩序における勝利の鍵となります。


西山(Tech Japan):
インド市場における具体的な変化、特にAIによるローカライズの可能性についてはいかがですか?


シャルマ(YourStory):
インドは100以上の言語が飛び交う国です。かつてビジネス言語は英語が主流でしたが、AIによって現地の言語や方言でのコンテキスト構築が可能になりました。 医療、教育、物流といった分野は極めてローカルな課題を抱えていますが、AIがその解決策を提供し始めています。

例えばあるインドのスタートアップは、生検結果を数日で出し、がんの個別化治療を可能にするチップを開発しました。このように、多様な人口を抱えるインドだからこそ、バイオテクノロジーやヘルスケアの分野でもイノベーションが加速しているのです。


西山(Tech Japan):
日本の製造業が集積する、ここ名古屋・中部地域との連携については、どのような期待をお持ちでしょうか。


シャルマ(YourStory):
現在、インドではスマートファクトリーの建設や半導体製造への投資が進んでおり、ハードウェアに強みを持つ日本企業にとって、インドは非常に有能で信頼できるパートナーを見つけられる場所です。15年前には存在した参入障壁やインフラの課題も、今ではほぼ解決されています。

AIによって書き換えられつつある新しい世界秩序において、成功は独占ではなく、コラボレーションから生まれます。ぜひインドへ来て、共に未来を創りましょう。

第二部:世界3位のエコシステムを持つインドと日本企業の勝ち筋


西山(Tech Japan):
ここからは日本語で、より深掘りしていきたいと思います。 改めて、リブライトパートナーズの蛯原さんです。蛯原さんはシンガポールを拠点に、長年インド投資を牽引されてきました。シャルマさんのお話にもありましたが、今、インドが他の国とどう違うのか、その特異性について解説いただけますか?




蛯原(リブライトパートナーズ):

私は15年ほど前から投資活動を行っており、現在はポートフォリオの7割をインドに振り向けています。インドのテクノロジーやスタートアップを語る上では、大きく4つのポイントがあると考えています。

1つ目は、「世界3位のスタートアップエコシステム」を擁すること。
ユニコーン企業の数や資金調達額において、統計的にも米中に次ぐ規模を確立しています。

2つ目は、「リープフロッグ(蛙飛び)」現象です。
インドはPCが普及する前にスマートフォンが国民に行き渡った、恐らく世界初の「モバイルファースト国家」です。銀行口座やクレジットカードよりも先にPaytmのようなQR決済が普及するなど、既存のプロセスを飛び越えて最先端技術が社会実装されています。

3つ目は、「圧倒的な人材」の質と量です。
Microsoftのサティア・ナデラ氏やAlphabet(Google)のサンダー・ピチャイ氏など、世界トップ企業のCEOがインド出身者であることは象徴的です。

そして最後に、「R&Dとイノベーションのオフショア先」としての機能です。
かつてのようなソフトウェア開発の下請けではなく、現在はトップレベルのサイエンティストやAIエンジニアが集まるR&D拠点として機能しています。

なぜインド人は「グローバルCEO」になれるのか? :カオスと多様性


西山(Tech Japan):
世界的なテックジャイアントのCEOにインド出身者が多い点について。彼らは二世や三世ではなく、インドで教育を受けた「一世」なんですよね。これは何を意味しているのでしょう?


蛯原(リブライトパートナーズ):
彼らは自ら海を渡った「一世」であり、ハングリー精神を持っています。そして、構造的な要因として大きいのが「カオス」への耐性です。

インドは多言語・多宗教・多文化が入り混じる国です。弊社のスタッフも半数以上がインド人ですが、親同士の言語が違うことも珍しくありません。幼少期から異なる言語や文化の摩擦の中で育つため、「自分と異なる他者」を調整し、まとめていく能力が自然と養われています。


西山(Tech Japan):
日本的なマネジメントが「均質な箱の中にみんなを入れる」ものだとすれば、インドのそれは「異なる形の個性を包含して大きな丸を作る」ようなイメージですよね。多様性やカオスをエネルギーに変えて前に進める能力が、グローバル企業のトップに求められる資質と合致しているのだと思います。


蛯原(リブライトパートナーズ):
おっしゃる通りです。日本とは文化的にもアプローチも真逆だからこそ、補完し合える良いパートナーになれると思います。

桁違いのスケール感。IPOにおける「10億ドル」の壁


西山(Tech Japan):
投資家として気になる、スタートアップの「出口戦略(エグジット)」についても教えてください。日本ではグロース市場での小型上場も多いですが、インドの事情はどうなっていますか?


蛯原(リブライトパートナーズ):
インドスタートアップのエグジットは主に「IPO」「M&A(企業の合併・買収)」「セカンダリー(未公開株の売買)」の3つです。

特にIPOの規模が日本とは桁違いですね。 ボンベイ証券取引所などはアジアでも日中に次ぐ規模を誇り、VCが支援したスタートアップのIPOでは、時価総額が「最低でも10億ドル(約1,500億円)」規模になるのが通例です。

例えば過去3か月だけで、時価総額5,000億円越えのIPOデビューしたユニコーン企業が5社あり、うち3社は時価総額1兆円を超えています。インド版ロビンフッドと呼ばれる「Groww」や決済企業の「Pine Labs」など、数千億円〜1兆円規模の巨大ユニコーンがゴロゴロと存在しているのが、インドにおけるIPOの現状です。


西山(Tech Japan):
もう一つの出口戦略であるM&Aについてはどうでしょう。実際に事例は生まれているのでしょうか?


蛯原(リブライトパートナーズ):
M&Aも中規模から大規模なものまで頻繁に行われており、大きく分けて3つのパターンがあります。

1つ目は「グローバル企業による買収」です。例えばつい最近も、我々の投資先でEV(電気自動車)関連のソフトウェアを開発していた企業が、スイスの重電大手ABBに買収された事例がありました。

2つ目は「ローカル財閥による買収」。タタ・グループやインフォシスといったインドの巨大企業が、最近はスタートアップの大型買収を積極的に始めています。

3つ目が「先輩スタートアップによる買収」です。すでに上場したりユニコーンになったメガベンチャーが、後輩のスタートアップをバンバン買収して成長を取り込むという形ですね。このように、買い手の層も厚くなっているのが現状です。

また、日本ではあまり馴染みがないですが、セカンダリー市場も非常に発達しています。シリーズCやDの段階でグローバルな大型ファンドが入ってくる際に、我々のような初期投資家が持ち分を売却してリターンを得る仕組みが機能しています。

日本企業の勝ち筋はリスクを抑えてリーンに始められる「GCC」


蛯原(リブライトパートナーズ):
シャルマさんのプレゼンにもあった「Bharat(バーラト)」は、はインドの正式名称でもありますし、モディ政権では国名として使おうという動きもあります。

同時に、都市部だけでなく地方都市や農村部も含めたインド全体を指す文脈でも使われています。地方都市のポテンシャルについては、私も非常に注目しています。

実は日本の都市化率は約94%ですが、インドはまだ60%台の国民が農村部に住んでいます。裏を返せば、これから都市化が進む過程にこそ巨大なビジネスチャンスが眠っているということです。Googleなどのビッグテックも地方へのインフラ投資を加速させており、我々も地方のDXなどの領域に投資をしています。


西山(Tech Japan):
都市部だけでなく、地方にも大きな機会が広がっているということですね。 一方で、ここ名古屋・中部地域は世界有数の「ものづくり(ハードウェア)」の集積地です。「ソフトウェア」に強いインドと掛け合わせることで、グローバルで戦える最強のチームができると思うのですが、いかがでしょうか。


蛯原(リブライトパートナーズ):
おっしゃる通りです。実際、我々の投資先である画像認識AI企業が富士通と組んでソリューションを販売するなど、「ハード×ソフト」の連携事例は増えています。

特筆すべきはコストパフォーマンスです。北米での開発はインフレでコストが高騰していますが、インドなら5分の1程度で作れる。しかもスペックが下がるわけではありません。

この流れで、最近日本企業も注目し始めている「GCC」について、専門家の西山さんから解説いただけますか?


西山(Tech Japan):
ありがとうございます。GCCは、かつてのアウトソーシング(BPO)とは異なり、自社の開発拠点やR&Dセンターをインドに設立し、高度人材を自社に取り込む動きです。 現在、世界のGCCの約半数がインドに集中しており、楽天(約4,000名)や日立、ソニーといった大企業だけでなく、中堅・スタートアップ企業が5〜10名規模の「マイクロGCC」を立ち上げる事例も増えています。

私たちも「マイクロGCC」の立ち上げを支援していますが、まずは少人数のチームを作り、成果を見ながら徐々に拡大し、最終的には自社法人化するというリーンなアプローチですね。

GCCならば初期コストやリスクを抑えつつ、インドの高度なエンジニアリングリソースを活用できます。中堅企業にとっても、非常に有効な選択肢ではないかと思います。

販路開拓のキーワード:「餅は餅屋」と「忍耐強さ」


西山(Tech Japan):
一方で、日本企業がインド市場に進出してモノを売ろうとすると、特に販路開拓においては苦戦するケースも多いと聞きます。


蛯原(リブライトパートナーズ):
「餅は餅屋」の精神が重要です。日本企業は自社の高スペックな製品にこだわりがちですが、インド市場で勝つためには、現地のスタートアップと組み、彼らのネットワークや市場理解を活用して販売を委託する方が、結果的に成功するケースが多いのです。

時にはスペックを落としてでもローカライズし、現地のパートナーに任せる勇気が必要です。自分たちだけで売ろうとせず、すでに販路を持っているプレイヤーと組むことが近道ではないかと思います。


西山(Tech Japan):
インドビジネスにおける「失敗」と「成功」の分かれ目はどこにあるのでしょうか?


蛯原(リブライトパートナーズ):
最大の要因は「時間軸」です。失敗する企業の多くは、2〜3年ですぐに撤退してしまいます。 商習慣が全く異なるインドで黒字化するには、統計的にも10年以上かかるケースが少なくありません。

スズキやダイキン、ユニ・チャームといった成功企業に共通するのは、20年、30年という長いスパンで腰を据えて取り組んできたトップのコミットメントです。 第一部でシャルマさんが語った「忍耐強い資本(Patient Capital)」という言葉とリンクしますが、短期的な利益追求ではなく、長期的な視座が必要です。

日本へのラブコールと、明日からできるアクション


西山(Tech Japan):
人材面では、日印間の連携も進んでいます。最近はインド工科大学(IIT)の学生たちの間でも、日本への関心が高まっていますね。


蛯原(リブライトパートナーズ):
インド人は親日家が非常に多い印象です。スズキやソニーといったブランドへの信頼もありますし、アニメなどの文化も浸透しています。 また、彼らは多言語環境で育っているため、日本語の習得も驚くほど早いです。


西山(Tech Japan):
最後に、明日からできる具体的なアクションとして、何をお勧めしますか?


蛯原(リブライトパートナーズ):
2つあります。 一つはシンプルに「インドに行くこと」。バンガロールの渋滞や熱気を肌で感じ、現地のファウンダーと直接会うことなしに、真の理解は得られません。

もう一つは、「インドの株式(ETFなど)を買ってみること」です。少額でも身銭を切ることで、インドのニュースや市場の変動に「自分事」として興味を持つようになります。この感度を高めることが、将来的なビジネスへの入り口になります。


西山(Tech Japan):
昨年のTech GALAをきっかけに具体的な連携が始まったように、今年のTech GALAもまた、新たな行動の起点となるはずです。 「ハードウェア」の名古屋と「ソフトウェア」のインド、この最強のチームアップに向けて、まずは小さな一歩から踏み出していきましょう。本日はありがとうございました。

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